帰省①

2026年3月上旬、茨城県某市から松江市の実家まで帰省しましたのでレポートにしようと思います。

帰省手段は・・・ママチャリね!!

【1日目】3/1 茨城県つくば市~東京都中央区~埼玉県深谷市

出発の日です。天候は良く、旅の始まりを祝福しているようでした。この時点では中山道をなるべくトレースしたいという野望があったため、東西に80㎞走ればいいところをあえて日本橋まで行って、V字型ルートで140㎞走ってきました。

守谷市にて。つくばエクスプレスの車両基地への引き込み線を跨いでいます。守谷行きの列車が多いのはこの影響かな。寝たまま乗り過ごして基地までGoする人が出ないことを祈るばかりです。
千葉県松戸市・新葛飾橋手前の国道6号側道です。この辺は自専道やらそうでない道やらインターチェンジやら立体交差の交差点やらが輻輳しているので、初見さんには厳しいです。
東京に入りました。高くそびえるスカイツリー、関東の春空に突き刺さっていますね!
第一チェックポイント・日本橋にやってきました。ここで、我孫子からお世話になってきた6号とはお別れ。そして、西での再会を約束して、たった今この場で出会った1号とも秒速で別れを告げます
埼玉県さいたま市です。埼玉に入ってからは、新中山道を名乗る国道17号からはしばらく外れて、より忠実に旧中山道をトレースするために並行する県道をなぞっていきます。このあたりで一度、喉の渇きとめまいがヤバくてですね、エグかったです。早くも限界ですがまだ目的地まで50㎞残っております。ここは浦和市、車が恨めし。
晩飯のために寄った鴻巣市のショッピングモールに、どえらく目を引くピラミッドが鎮座していました。なんと各段に雛人形がずらーーーーーーーーーっと並んでいます。我が家には一度も本格的な雛人形が並んだことはないですが、見逃してきた20年分の数をはるかに上回るだけの雛人形を一夜にして目にしました。

【2日目】3/2 埼玉県深谷市~群馬県高崎市~長野県北佐久郡軽井沢町

初日は深谷市の快活clubに宿h・・・滞在し、二日目は9時前に行動を開始しました。この日の目的地は山の向こう、軽井沢です!

埼玉県上里町。国道17号で神流川を越え、群馬県に入ります。ちなみにこのあたりで、手前の熊谷から本庄にかけて旧中山道から微妙に外れたルーティングをしていたことに気付き、もうなんか吹っ切れてしまったので忠実トレースをするのはやめました。
「新潟」「長野」の地名だけが表記。距離など考えるな、ただ前進あるのみというメッセージなのだろうか。
だいぶ交換時期が迫っていそうな標識です。354号は太平洋まで繋がっているのですが、途中で埼玉北部をかすめた後つくば市を経由するので、出発直後からこいつに沿って進んでいけばかなりショートカットできたことになります。
信越本線を跨ぎます。
安中市松井田町にて。このぎざぎざの山は妙義山です。唯一無二の山容ですね。
ここから国道18号旧道に進み、いよいよ碓氷峠区間アタックが始まります!県境まで12㎞、ひたすら上り坂です!ただし九十九折りで高度を稼ぐので案外しんどくなさそうかも!?果たしてどうなる!?
さっきまで国道18号と一緒に絡み合いながら長野へ向かっていた信越本線ですが、長野新幹線の開業により県境区間は廃止となってしまいました。これは廃線跡です。
初代中山道は途中で逸れ、登山道へと変貌します。ママチャリを担ぐのは無茶にも程があるので素直に舗装路を進みました。ここから進んでいくのは「国道18号旧道(別名:中山道⦅二代目⦆)」で、この南側を走る高規格な道路が「国道18号新道(別名:碓氷バイパス)」で、このさらに南側に「上信越自動車道」が走っています。交通の要衝をこれでもかというほど体現していますな。
これは碓氷第三橋梁、通称「めがね橋」です。これも信越本線の線路として使われていました。立派なレンガ造りのアーチ橋で、観光客もちらほらいました。ですがここから先は本当に秘境の様相を呈してきており、何があっても助けは来ないものと考えます。覚悟を決めましょう。
こういうヘアピンカーブが百うん十続きます。走り屋のメッカになっていてもおかしくない
旧道といいつつ国道指定は外されていない模様!
そんなこんなで碓氷峠(956m)に到着。眺望は・・・うーん、微妙!割に合わなさすぎる気が!
関東を脱出しました!片峠なので上りのキツさに対して下りの爽快さはあんまり期待できません。割に合わなさすぎる気が!
JR軽井沢駅で晩ごはんをとりました。もちろん蕎麦!

【3日目】3/3 長野県北佐久郡軽井沢町~諏訪市~塩尻市

この日は一番狂っていた

朝から雪がちらついている!見えにくいけど奥の電光掲示板には「0℃」の文字が・・・
長野県佐久市にて。このあたりは中山道を引き継いだ国道がないのでトレースに苦労しました。天気は雨です。
佐久市の八幡宿です。後ろの標識はフォントが違ったりローマ字表記がなかったり距離表示が無かったりと、今のバージョンと異なるレトロアイテムですね。
東京で別れた以来の254号!遠く離れた場所で再び出会うという展開が今回の旅では度々ありました。次の投稿もお楽しみに!
中山道こっちかよ!!ママチャリには厳しい・・・なんせ四駆はおろかエンジン無し二輪すなわち無輪駆動ですからね・・・
この日は、、というかこの旅は、基本大半こういう感じの田園風景です。
横に細すぎることでおなじみ・立科町から、笠取峠を越えて小県郡長和町に入ります。なおこの峠は本番の峠を前にただただ累積標高を上げさせるためだけの罰ゲーム峠でした。クソです。苦労して上っても同じだけ下るんだもん。寒いし。まあ実行した俺以外に責任はないのだが・・・気持ちは雨です。
峠を降りると142号は谷筋に沿って南下していきます。そして次の大きな峠に向けてじわじわと標高を上げていきます。
雨が強まり・・・
雪になってきた!しかも積もっとるやんけ!さすがに漕ぐのは断念し、周囲に高規格路がないためにトラックがビュンビュン行き交う歩道無し峠道を、一人果敢にも手押しで登っていきます
今向かっているのは「和田峠」。碓氷峠をも上回り、中山道最大の難所ともいわれる峠道です。確かにすでに1100m超えてます、右の分岐は国道142号旧道です。トラックを避けてこちらを進もうと考えていたのですが、分岐入り口の先を覗いてみると、しばらく行った辺りでで路面はともかく轍すら見えなくなったので本能が拒否しました。左から進むことになります。
土屋太鳳に見えた
そんなこんなで和田峠に到着。トンネルをくぐって通過します。和田というのは2005年まであった和田村に由来し、長和町の和にも引き継がれているそうです。なお、長和町が所属する小県郡は「しょうけん」でも「おがた」でもなく「ちいさがた」郡と読みます。「ちいさ」を使ってくるか・・・
標高1300mからひたすら諏訪に下ります。あまりにも寒すぎたのでほとんど記憶はありません。正面に見えるのは諏訪湖と下諏訪町市街です。
日本橋で別れた以来の甲州街道とここで合流!
ROITF
20号を東に進むと本日最後の峠・塩尻峠ゾーンに入ります。こんな場所にデカい峠が横たわっているとは思っていなかったのでかなり萎えております。諏訪湖の形がきれいに模られていますね
また雪かよ!!氷点下だし!
この地点からしばらく行った所で歩道消失バグが発生したせいで、反対側の歩道に行くために信号無し横断歩道を渡ろうとしたのですが、僕の存在が薄すぎるあまり、途切れることなく続く車列の中のどの車も止まることはありませんでした。まあ雪の下り坂夜道だしね。しゃーない。
びしょびしょぐちょぐちょになったので人生初めてスニーカーランドリーなるものを利用しました。
満身創痍で迎えたこの日の夜は、塩尻市内にあるインドカレー屋さんで晩御飯としました。写真はかぼちゃナンですが、マジ美味かったっす。

さて、以上がママチャリ帰省旅の前編となります!もうすでに大プロジェクトの予感だね!体調もチャリも異常なし!さすがですわ。

次回は「チャリ帰省中編・”愛知物語”」をお送りします!デュエルスタンバイ、デュアルホイールスカイハイ! 

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